ちゃぶろぐ

迷い猫の捜索が長引いてしまった時の心構え

私はちゃぶこの捜索が半年過ぎた頃には、仕事の帰りに寄れる時だけ、1度に20枚だけチラシ貼ろう、とかそんな感じで細々と探し続けていました。

こんなにも長期化してしまい今頃どうしているかと心配でたまりませんでしたが、悪い方に考えたらキリないです。
頭から切り離す事も必要だと思いました。
きっと元気でのんびり過ごしてるって信じて。

約1年半後に無事がわかったときには驚きました。
元気でいてくれて本当に良かったと胸をなでおろしましたし、長い苦しみから開放された思いでした。
迷い猫探し ツイッターで頂いた情報と画像

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長期間離れていたために飼い主を忘れているかもしれない

ちゃぶこは見つかった時、私たち家族を完全に忘れてしまっていました。
迷子になった当時は、まだ幼さの残る1歳半で、その後約1年半、別のお家で暮らしていたのだから無理もありません。

発見後に一緒に帰宅した時は、もう完全に「知らない人に見知らぬ場所に連れてこられた」状態でした。
記憶喪失とはこんな感じだろうかというくらい、見事なリセットぶり。

見知らぬ猫を保護したのと同様に、一から信頼関係を築かなくてはなりませんでした。
こちらは覚えていても、ちゃぶこは全部忘れちゃってるので、なでたり抱っこしたりしても身体をこわばらせてしばらく警戒していました。

行方不明になる前に一緒に暮らしていた頃、お風呂に入っているとドアの前で待っていたなぁとか、以前は寝転がると背中に乗ってきたのにとか、思い出されて悲しかったです。
行方不明中の苦しみに比べれば些細な事ですけれど…。

忘れてしまうかどうかは、それまでの一緒に暮らした時間や猫の年齢、個体差にもよるのでしょうね。

しばらく経つと、以前気に入っていたのと同じことをするようになりました。ドアの隙間や、お風呂の前で待っていたり。
思い出したのかどうかはわかりません。単に同じ遊びを気に入っているだけのような気がしますが、安心してくれるようにはなったんだなと感じました。

あ、でも、息子が子猫のちゃぶこを拾った頃から一生懸命教えてマスターした技「お手」だけは、帰宅した時にもキッチリ覚えていたのには家族みんなで感動しました。

母は、知り合いにちゃぶこが戻った話をするととても驚かれて「どうしてその猫がその子と見分けられるの?」と聞かれるので、「うちの子だもの、わかるわよ」と言うそうです。

ちゃぶこはキジトラでもサビ猫でもない、ムギワラと言うのでしょうか、微妙に変わった柄なのでひと目見てわかりましたが、実際キジトラとか黒とか柄によってはパッと見で見分けるのが難しい場合もあるだろうと思います。

飼い猫には必ず、首輪と迷子札は常に付けてあげてくださいね。
今のところ、迷った時に帰るための一番有効な手段はやはり首輪と迷子札だと思います。
普段外に出る子はもちろん、外に出たことのない子ほど、万が一迷子になると大変なことになりますので。

ちゃぶこがいなくなった時に迷子札があれば、保護してくださった方から連絡をいただけてすぐに見つかったかもしれません。
↓↓↓
飼い猫を迷い猫にしないために① 猫の首輪と迷子札の重要性

別のお家の子になっていたらどうするか

捜索が長期化してしまった場合、考えるべき事があります。
既にどこかのお宅で家族の一員として可愛がられていたらどうするかです。

例えば捜索が半年も過ぎてしまったら…。
「返して貰えなくてもいいので無事を知りたい」という事をチラシに載せる時期かもしれませんね。

ちゃぶこは保護主のお宅のご家族が全員大人だったので我が家に返してもらえました。
みなさん可愛がってくださっていたとのことで、寂しくなってしまったのではと思うと申し訳なくて切ないのですが…。

子供さんがいたりしたらまた違ったかも知れません。

実際に、探していた猫を見つけることが出来たものの、すでに保護されたお家の飼い猫になっていて、お子さんが泣いて返すのを嫌がったので諦めた、という事例を伺ったことがあります。

新たな家族となっていれば、どちらかが別れを受け入れなければなりません。
それでも無事が分かればずいぶん気持ちが晴れます。
可愛がってくれる家族がいて幸せに暮らしていて、もう心配しなくても良いのですから。

これまでたくさんの猫と暮らした中で、変な言い方かも知れませんが、ちゃぶこを探していた間は、死別よりもずっとずっと辛かったです。
知らない所に突然棄てられてどんなに怖かっただろうか、今ご飯をちゃんと食べられているか、寒くないか、暑くないか、雨や雪の日にも、辛い状況じゃないか、車が多い場所だから最悪の結果も…と常に考えてしまいます。

もしどこかで亡くなっていたとしてもわかりません。
見つけてあげられない自分の不甲斐なさと罪悪感に押し潰されそうになりながら、探すのを諦めるというきっかけもなく終わりが見えない日々でした。

猫のたくましさを信じてあげるということ

正直、ちゃぶこを探して半年過ぎた頃にはもう心が折れてしまって、見つかるとは思えなくなっていました。
もう逢えないかもしれないけれど、どこかで元気で暮らしていて欲しいと願いました。

どこまで、いつまで探し続けるかの判断は別として、それでも消息だけでも知りたいと思い、出来ること(主にチラシ撒きなど)を細々と続けていました。

迷子になった猫というのは人間が思っているよりもずっとたくましく、どうにか生きていこうとしています。

「誰かに可愛がられてね」と簡単に猫を捨ててしまう人がいるのも事実です。
自分が子供の頃の近所で「車で猫を遠くに捨てたのにしばらくして戻って来た」という人がいたことを思い出しました。
ちゃぶこも自力で帰ってこれないだろうか?という僅かな可能性も考えましたが、実際は難しいでしょう。

ちゃぶこ捜索時にお世話になった、東関東大震災後の福島で取り残されたペットの救助と保護活動をされた方が話してくれました。

「誰も住んでいない避難地域の福島で、数年後に無事保護された猫ちゃんがたくさんいます。
元々飼い猫だった子が誰にもエサを貰えずに、雪の降る寒い冬を越えて。猫というのはそのくらい強い生き物です。」

その言葉はとても心強いものでした。

また、猫を保護した人が必ずしも飼い主を探してくれるとは限りません。
大抵は「この猫、人に慣れているけど捨て猫かな?かわいそうに」と思うくらいです。

我が家でも過去に何度も迷い猫を保護してそのまま一緒に暮らして来ました。
今回の事件が起こる前は、誰かがその子を必死に探しているかもしれない、とは考えた事がありませんでした。
お恥ずかしい話ですが、人慣れしている迷い猫を保護したら警察に届けるべきなのだと改めて気付かされました。

もし首輪と迷子札がついていれば迷子と判断して、飼い主を探していたと思います。

ちゃぶこが帰ってきたからわかったこととして、結果的にはですが、私が「寒くないか、お腹すいてないか、怖い思いをしていないか」と心配していた頃、すでにちゃっかり人のお家に居着いて、ぬくぬくしたお部屋で寝ていました。

ちゃぶこは保護された後も、出入り自由で飼われていたから、たまたま見つかりました。
家の中だけで飼われていたら見つからなかったかもしれません。

チラシのポスティング、ポスターの貼り紙や新聞折込チラシをしても、必ずすべての人に行き届くわけではありません。
他の迷子になった猫達もどこかで誰かに保護されて、気付かれないまま飼われているケースが結構あるんじゃないでしょうか。

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